2013年12月04日

大黒座を訪れていた不遇の作家について

先月まで大黒座で上映されていた『書くことの重さ』は、函館出身の作家で『海炭市叙景』の原作者でもある(故)佐藤泰志さんの生涯を描いたものでした。

上映期間中、1989(平成元)年に佐藤泰志さんが北海道新聞に寄稿した記事が、大黒座のロビーでそれとなく紹介されていました。
20131205 大黒座チャレンジFBページ投稿写真(佐藤泰志さんの記事/11月14日撮影).JPG
※参照記事(1989年6月2日/北海道新聞[夕刊]/4面)


記事の見出しは「浦河の映画館」

佐藤泰志さんの妹が、夫の転勤先である浦河で急死したことにもふれられていました。
(以下、記事から抜粋して転載)
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『僕は家族で浦河に行ったのだが、告別式の終わった翌日、老いた両親の車でその小さな町にただ一軒ある映画館の建物を見に行った。
妹夫婦は僕以上に映画好きで、転勤した時、浦河にその映画館があることを妹はとても喜んでいた、という話であった。
そんな小さな町で映画館を経営することは、単純に考えても採算上ひどく困難なことだろうと予想もしていた。

事実、その映画館は、本当に映画を上映しているのかどうかもわからないほどのさびれ方であった。妹の夫の話では、館主が映画好きで、頑張って残しているのだ、という話であった。
妻は、「懐かしい映画館ね」といった。うん、うん、と僕は頷(うなず)きながら、妹がここで映画を見たとしたら、それは彼女にとって、かけがえのない喜びであったに違いない、と考えた。
たぶん東京などで見るよりもずっとである。』

(中略)

『僕は浦河の映画館に今も感謝しているし、踏んばって上映を続けてほしいと思う。
もし妹がその映画館に喜びを見いだしたのなら、僕はそうした彼女の喜びのほうへ自分を近づけて、映画というものを考えたい、と思っている。』

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佐藤泰志さんが25年近く前に浦河を訪れ、大黒座に足を運んで感じたことは、妹の在りし日への想いも重なり、小さな町で映画館を営むことの尊さや価値に光を当ててくれているようにも思えます。
この翌年、佐藤泰志さんも若くしてこの世を去ることになりますが、『海炭市叙景』も『書くことの重さ』も大黒座で上映され、不思議な縁が紡がれています。

もし佐藤泰志さんに声を届けられるのであれば、大黒座は今もなお映画館の明かりを灯していることをお伝えしたいと思いました。
posted by だいこくニャ at 23:55| Comment(0) | 大黒座ゆかりの…
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